同じような形の革靴なのに、値段が何倍も違う。店頭でそう思ったことはないでしょうか。素材の差もありますが、大きいのは「どこで、誰が作っているか」です。
靴づくりは、木型を作り、革を裁ち、縫い、吊り込み、底を付け、仕上げる。ざっと数えても20を超える工程があります。これを外の工場に分けて出せば安くなりますし、実際いまの靴の多くはそうやって作られています。合理的な話です。
そのうえで、作る場所を自分たちで持ち続けた会社があります。手元にあれば、直せる。足に合わせられる。今回はそういう4ブランドを、性格の違いで並べて紹介します。手作業を守った会社もあれば、逆に機械に投資して工場を自前で建てた会社もある。共通しているのは、製造を外に出さなかったことです。
一足を長く履きたい人へ。工程を機械に渡さなかった:White’s Boots セミドレス
White’s Boots(ホワイツ)の始まりは1853年です。南北戦争より前のアメリカ東部で、エドワード・ホワイトが木こりと兵士のために靴を作り始めました。息子のジョンが西へ移り、その息子オットーが1910年代にワシントン州スポケーンで会社の形にします。鉄道の要衝で、北西部の林業地帯に近い土地でした。
いまも作り方が変わっていません。木型に革を吊り込むのも、ウェルトを縫うのも、底を付けるのも、工程の大半が職人の手を通ります。機械を入れれば速くなるところを、あえてそうしていない会社です。
定番の「セミドレス」は1932年、大恐慌の時代に生まれた型です。もともとは店員や工場の組立工のための靴でした。土踏まずを強く支える木型と、後ろへ流れるロガーヒールが特徴で、いまも当時の形のまま作られています。重くて硬く、最初の数週間は覚悟が要ります。そこを越えると足の形に沈んで別物になる、という種類の靴です。
そして直せます。ソール交換だけでなく、アッパーの傷んだ部分を作り替えてもう一度木型に入れ直す「リビルド」まで受けてくれる。ただしここは正直に書いておきます。日本にも取扱店はありますが、リソールやリビルドはアメリカ本国での対応になります。送るための時間と費用がかかるということです。「10年後に直してさらに10年」という計算をするなら、そこまで含めて考えてください。
既製の靴が合ったことがない人へ。自社工場で一貫して作る:宮城興業 和創良靴
宮城興業は1941年、宮城県仙台市で生まれました。社名の「宮城」はここから来ています。ところがいまの本社は山形県南陽市です。戦後の1952年に移り、そこで機械化を進めて立て直した。名前だけが創業の地に残っている会社です。
転機は1969年でした。英国ノーザンプトンの靴メーカー、バーカー社と技術提携を結び、グッドイヤーウェルト製法を早い時期に取り入れます。英国紳士靴の本場から製法を持ってきて、自分たちの工場で回せるようにしたわけです。いまも山形の自社工場で、裁断から仕上げまでを一貫して行っています。
その工場があるからできるのが、パターンオーダーの「和創良靴」です。100通りを超える履き合わせのサンプルから自分に合う組み合わせを探し、そこにつま先の形、革、ソール、ヒールを選んでいく。完全なオーダーメイドほど身構えなくていいのに、既製品では埋まらない部分が埋まります。左右で足の大きさが違う人、幅か甲のどちらかがいつも合わない人には、ここが現実的な出口になります。国内なので、実際に足を見てもらってから決められるのも大きい。
由来ごと語れる一足が欲しい人へ。ウィーンの4代目:Ludwig Reiter マロニブラーター
Ludwig Reiter(ルートヴィヒ・ライター)は1885年、ウィーンで始まりました。ボヘミア出身のルートヴィヒ・ライター1世が妻アンナとともに、市内4区に靴工房を開いたのが最初です。仕事はオーストリア=ハンガリー帝国の軍に乗馬用のブーツと制服用の靴を納めること。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の時代の話です。
面白いのは次の世代です。2代目のルートヴィヒ・ライター2世は1902年から1908年にかけてアメリカへ渡り、ボストンなどの靴工場で働きました。そこで当時まだ新しかったグッドイヤーウェルト製法に出会い、1909年にウィーンへ戻ります。そして父の手工業的な工房を、機械化されたグッドイヤー製法の小さな製靴工場へと作り変えていきました。
ここが今回のテーマと重なるところです。手作業を守ったのではなく、機械に投資した。ただしその機械を外注ではなく自前の工場に置いた。だから4代たったいまも、自分たちの工場でウィーン様式の靴を作り続けています。
いちばんよく知られているのが「マロニブラーター」です。バークタンニンでなめした革とフェルトを組み合わせた冬のブーツで、内側にはシアリングが入ります。もとは木こりや山の農民が履いていたフェルトの長靴で、一日じゅう外にいても冷えないことから、市場で働く人たちが街へ持ち込んだ靴でした。ホワイツの出発点も木こりの靴です。大陸の反対側で、同じところから始まっている。
まず手が届く価格で試したい人へ。ガレージから始まった南アフリカ:Jim Green アフリカンレンジャー
ここまでの3つは、正直に言えばどれも安い靴ではありません。ただ、自社で作ることが必ず高い靴を意味するわけでもない。
Jim Green(ジムグリーン)は1992年、南アフリカのピーターマリッツバーグにある裏庭のガレージから始まりました。いまも手作りで、部材もほとんど国内で調達しています。売り方が特徴的で、自社のオンラインストアからの直販が中心。あいだに入る流通を減らして、作りに対して価格を抑えています。
看板の「アフリカンレンジャー」はウェッジソールの革ブーツです。やわらかいゴムを使っていて、茂みの中を静かに歩けるように作られている。もともとは農場や現場で働く人の靴だからです。木型は2Eの幅広で、つま先も丸く余裕がある。そしてステッチダウン製法なので、底を張り替えられます。飾り気はありませんが、直しながら使うという考え方は上の3つと同じです。
まとめ:値段を決めているのは、工程だけではない
選び方の目安はこうです。一足を長く履きたいならWhite’s Boots セミドレス。既製の靴が合ったことがないなら宮城興業の和創良靴。由来ごと語れる一足ならLudwig Reiter マロニブラーター。まず手の届く価格で試したいならJim Green アフリカンレンジャー。
最初の一足には、宮城興業の和創良靴をおすすめします。自社工場を持っている会社の価値がいちばん分かりやすく返ってくるのが、足に合わせるという部分だからです。しかも国内なので、合わなかったときの打つ手があります。
ひとつ補足を。「値段の差は工程の差」と単純に言い切ることはできません。Jim Greenのように、自社で作りながら手の届く価格の靴もあります。値段を決めているのは、どこまで自社でやるかに加えて、作っている国の人件費の水準、革のグレード、そして店に並ぶまでに何社を経由するか。この合計です。高い靴が必ず良いわけでも、安い靴が必ず雑なわけでもありません。
そのうえで、直せるかどうかは製法でほぼ決まります。グッドイヤーウェルトとステッチダウンは底を縫い付けてあるので張り替えられる。接着で貼っただけのセメント製法は、基本的に一度きりです。長く履く前提で買うなら、まず製法の表記を見てください。そして修理の窓口も。海外ブランドは国内で受けてくれるのか、本国へ送るのか。直せることが値段の根拠になっている靴ほど、ここが確認できて初めて計算が成り立ちます。
最後に順番の話を。値段を履く回数で割れば、10年直しながら履く靴は一回あたり安くなります。ただしそれは「合っている靴」に限った話です。合わない靴を10年履くことはできません。まず足に合うかどうか。工場の話も歴史の話も、そのあとです。














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