夏になると店頭に並ぶ、麻縄の靴底にキャンバスの甲。エスパドリーユです。軽くて涼しくて、たいてい安い。なんとなく「夏のリゾートの靴」という顔をしていますが、たどるとまったく違う場所に行き着きます。
原型は「アルパルガタ」と呼ばれる履物です。14世紀ごろ、スペインとフランスにまたがるバスク地方、そしてカタルーニャ地方で、農民や漁師、兵士が履いていた労働靴でした。畑と船の上の靴です。名前の由来もそこにあって、エスパルトというイネ科の植物から来ています。この繊維を編んで底にしていたわけです。
その靴が、ある日パリでファッションに変わります。今回はその転換点に立っていたブランドを核に、性格の違う4足を紹介します。
由来ごと語れる一足が欲しい人へ。農民の靴をウェッジに変えた当事者:Castañer
【ポチップ: Castañer カスタニエール エスパドリーユ】
Castañer(カスタニエール)は1927年、カタルーニャ州のバニョレスという町で生まれました。ルイス・カスタニエールと従兄弟のトマス・セラが始めた工房です。作っていたのは、その土地でずっと作られてきたアルパルガタでした。
転機は1960年代の終わりです。ロレンソとイサベルというカスタニエール家の2人が、パリでイヴ・サンローランに会いました。そこで彼が依頼したのが、ヒールのついたエスパドリーユ。史上初のウェッジエスパドリーユです。麻縄の底を厚く積み上げて高さを出す、という発想でした。
この一足で、農民の労働靴はランウェイの靴になりました。以降このブランドには他のメゾンからも製作の依頼が入るようになります。面白いのは、その後も作り方がほとんど変わっていないことです。90年以上、地中海の手仕事のまま。
いま買うなら定番の「カリーナ」です。あのウェッジの直系にあたる形で、ヒールの高さが選べます。3センチ前後の低いものから、6センチ、8センチまで。普段履きにするなら低いほうが現実的です。中はレザーのライニングで、フットベッドにも薄くクッションが入っている。麻縄の靴といっても、この価格帯になると中の作りは革靴に近い。「これ、もとはスペインの農民が畑で履いてた靴でね。サンローランがヒールをつけたんだよ」と言える靴は、そう多くありません。
毎日履ける定番が欲しい人へ。スペインの靴の町で手作りを続ける:gaimo
【ポチップ: gaimo ガイモ エスパドリーユ】
gaimo(ガイモ)は、スペイン北部ラリオハ州のアルネドという町から来ています。ワインの産地として有名な地方ですが、アルネドはむしろ靴の町です。靴づくりの工場が集まり、靴産業の博物館まである。そういう場所で、1978年にホセ・ルイス・イトゥリアガが妻のエスメラルダとともに始めたのがこのブランドです。
彼は一度スイスへ移り住み、そこから故郷に戻ってこの工房を始めました。いまも家族で続けている会社です。靴の町の中で、あえて手仕事のエスパドリーユを選んだ、というところに性格が出ています。
いま選ぶ理由は、フラットからウェッジまで形の幅が広く、そのわりに手仕事の質が安定していることです。エスパドリーユは消耗品的に扱われやすい靴ですが、履き込んだときに縁のジュートがほつれてくるかどうかで作りの差が出ます。「一足目のいいエスパドリーユ」として、いちばん外れが少ない選択肢だと思います。
人と被らない形が欲しい人へ。建築家がデザインするバルセロナ発:Naguisa
【ポチップ: Naguisa ナギサ エスパドリーユ】
Naguisa(ナギサ)は2012年、バルセロナで生まれた比較的新しいブランドです。作っているのは建築家のパブロ・イスキエルドと、プロダクトデザイナーのクラウディア・ペレス・ポロ。靴屋の出ではない2人が始めた、というところがそのまま形に出ています。
デザインはバルセロナ、製作はスペイン国内の手仕事。定番の顔をしていながら、ストラップの通し方や甲の開き方がどこか一つずれている、という靴が多い。ベーシックなのに人と被らない、という難しい位置を狙えます。
エスパドリーユは形の自由度が高い靴です。甲がキャンバスなので、切り方や編み方で表情が大きく変わる。その自由度を、建築とプロダクトの視点で使っているブランドだと考えると分かりやすいと思います。
まず手頃に試したい人へ。スペインの休暇の記憶から始まったNY発:Soludos
【ポチップ: Soludos ソルドス エスパドリーユ】
Soludos(ソルドス)は2010年、ニューヨークで生まれました。創業者のニック・ブラウンはロンドン出身で、子どものころスペインの海岸で休暇を過ごし、そこで縄底のエスパドリーユを履いて育った人です。2008年にニューヨークへ移ったあと、あの靴がどこにも売っていないことに気づいて自分で作り始めました。
ブランド名は、スペイン語の「salud(乾杯)」と「sol(太陽)」を合わせた造語です。乾杯と太陽。名前のつけ方に、この靴をどういう気分のものだと思っているかがそのまま出ています。
色柄の展開が広く、価格も構えずに試せる範囲です。エスパドリーユを履いたことがない人が、自分に合うかどうかを確かめる一足としては現実的だと思います。
まとめ:畑の靴を、どういう顔で履くか
選び方の目安はこうです。由来ごと語れる一足ならCastañer。毎日履ける定番ならgaimo。人と被らない形ならNaguisa。まず試したいならSoludos。
最初の一足には、gaimoをおすすめします。手仕事の質が安定していて、形の選択肢が広い。そして国内の取扱いが厚いので、試着してから決められます。エスパドリーユが自分の生活に合うかどうかは履いてみないと分からない部分が大きいので、まず一足きちんとしたものを基準に持つのがいちばん早い。Naguisaも国内で扱う店があります。Castañerは扱う店が限られるので、サイズ選びは慎重に。Soludosはサイズ表記が米国式のものが多いので、換算を確認してから注文してください。
最後に、この靴に特有の注意を3つ。まず、ジュート麻の底は水に弱いです。濡れると黒ずみますし、乾く過程で縄が緩んでほつれてきます。雨の予報の日は履かないでください。海やプールサイドで履くのも、見た目の相性はいいのですが底には最悪です。
次に、底の減りです。ジュートは削れます。ただし「買ったらすぐラバーを貼る」という定番の助言には条件があります。いま売られているものの多くは、ジュートの下にゴムを加硫して貼り合わせた底になっていて、Castañerのカリーナもそうです。この場合は追加の補修は要りません。必要なのは、ジュートがそのまま地面に接している底のとき。買う前に靴底の写真を確認して、ゴムが見えなければ、新品のうちに靴修理店で薄いラバーを貼ってもらってください。減ってからでは間に合いません。
そしてサイズです。甲のキャンバスは履くうちに馴染みますが、ジュートの底はほとんど伸びません。だから「伸びるから小さめに」は行き過ぎです。きつすぎると、アッパーと底を縫い留めているステッチに力がかかって、そこから先に傷みます。ゆるいものは選ばない、ジャストで合わせる。これが正解です。素足で履くと汗を吸って中から傷むので、浅いフットカバーを一枚挟むと長持ちします。
もし濡れてしまったら、乾かし方に気をつけてください。直射日光やヒーターに当てると、麻が縮んで縄が締まり、形が歪みます。風通しのいい日陰に平置きして、ゆっくり乾かす。それだけで持ちがだいぶ変わります。














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