チェルシーブーツの話をするとき、「どこで買ったの?」より先に「なんで弾性ゴムのパネルが側面についてるの?」を聞いてほしいと思ったことがある。あの伸縮するゴムのパーツ——サイドゴアとかエラスティックパネルとか呼ばれるやつ——あれ、紐が鐙に絡まらないための設計なんです。
1851年、英国王室御用達の靴職人J.スパークス=ホールが、女王ビクトリアから「馬に乗るとき紐が鐙に絡まらないブーツを作ってほしい」という注文を受けた。そのときチャールズ・グッドイヤーが発明したばかりの加硫ゴムを側面に採用して生まれたのが、今のチェルシーブーツの原型です。当初は「パドックブーツ」と呼ばれていたこの靴が「チェルシーブーツ」という名前で定着したのは、1950〜60年代のロンドン・チェルシー地区——キングスロード周辺でビートルズ世代のジェントルマンが愛用したことで広まった。女王のために作られた靴が、100年後にロンドンのストリートで再発見されるというルートを辿った靴です。
今回は、そのチェルシーブーツを「語れる背景まで持って」選ぶためのブランドを4足紹介します。英国ノーサンプトンの3ブランド+スロバキアの1ブランド——地理的にも語れる4足です。
世界で最初にグッドイヤーウェルト製法を工場に取り入れたブランド:Grenson Shoe 11 Chelsea Boot
Grenson(グレンソン)には、チェルシーブーツ以外の話で紹介するしかない背景があります——「世界で最初にグッドイヤーウェルト製法を靴底に工場採用したブランド」という称号です。1866年にウィリアム・グリーンがノーサンプトンシャーに作ったGreen’s Yard Factoryで、機械縫いでソールを取り付けるこの製法を世界に先駆けて量産に採用した。「グレンソンって世界で最初にグッドイヤーウェルト製法を工場生産に使ったブランドで、1866年ノーサンプトン創業。チェルシーブーツ自体がグッドイヤーと縁の深い靴だから、このブランドとの組み合わせに必然性がある」——この話は靴好きでも初めて聞く話です。
Shoe 11は1972年のアーカイブデザインを現代に復刻したモデルで、カバードエラスティック(ゴムパネルが革で覆われている)の仕上がりが特徴です。手に持ったとき、ゴムパネルの部分が周囲の革と同じ表情をしているために「どこが伸びるのか」一瞬わからない——そのさりげなさが上品で、履いた状態で横から見ると革の一枚仕立てのように見えます。スラックスでもデニムでも使える守備範囲の広い黒を、グッドイヤーウェルト発祥のブランドで持つというのはなかなかいい選び方だと思っています。
1899年創業・5代目家族経営。ノーサンプトンの隠れた名品:Alfred Sargent Chelsea Boot
1899年にアルフレッド・サージェントがノーサンプトンシャーで創業したこのブランドは、今も5代にわたる家族経営が続いています。メゾンのコレクションに靴を供給するOEM(受注生産)と自社ブランドを並行して運営してきたブランドで、「知る人ぞ知る」という立ち位置をずっとキープしてきた。「アルフレッド・サージェントって1899年ノーサンプトン創業の5代目家族経営ブランドで、高級メゾンにも供給してきたけど本人たちは目立つことを好まなかった靴屋」——そういう文脈を持つブランドのチェルシーブーツというのは、選ぶ側の視点が出る。
グッドイヤーウェルト製法で仕上げられたチェルシーブーツを履くと、同価格帯の靴とは少し違うところで革の収まりが安定しているのがわかります——ソールと甲革の間のウェルト縫いがしっかりしているため、歩くたびに靴底が「一枚の板」のように動く感触がある。ブランド名も「アルフレッド・サージェント」と人名がそのままで、職人が自分の名前を冠して作った靴というシンプルな事実が、この靴を選ぶ理由として十分に成立します。
1896年から一度も工場を移していない:Joseph Cheaney Godfrey D Chelsea Boot
1886年にノーサンプトンシャーのデスボロで創業したJoseph Cheaney(チーニー)は、1896年に移転した工場で今も靴を作り続けています。「1896年から一度も場所を変えていない同じ工場で作られる靴」——この事実を聞いてから靴を手に取ると、その革の一枚一枚が違う温度に感じる。ビジネスの都合で工場を移転したり閉鎖したりが珍しくない産業の中で、同じ場所を130年近く守り続けているというのは、それだけで語れる理由になります。
Godfrey Dは創業125周年を記念した125ラスト(アーモンドトゥ)のチェルシーブーツで、ブラックカーフの柔らかな光沢とシルエットのきれいさが際立つモデルです。足を入れたとき「革が硬い」という感触があっても焦らないでほしい——チーニーの革はなじみ始めるまで時間をかけて足の形を覚えていく設計で、その「なじんでいく過程」自体が一足との関係の始まりになります。
英国でもイタリアでもない——スロバキアの天然ゴム職人が作るチェルシーブーツ:Novesta Chelsea Rainwalkers
1939年、スロバキアのパルチザンスケに工場が開設された。その発端は「靴王」と呼ばれたヤン・アントニン・バタ——チェコスロバキアの靴産業を国際的に展開した人物が、このスロバキアの街に工場を作ったことです。以後、工場はNovesta(ノヴェスタ)ブランドとして独立し、「天然ゴムを使った手仕上げのブーツ」というコンセプトで現代まで続いています。ノーサンプトンの3ブランドが英国製革靴の文脈なのに対して、Novestaは「東欧の靴職人が天然ゴムで作るチェルシーブーツ」という全く異なる語れる背景を持っている。
Chelsea Rainwalkersは完全防水仕様のチェルシーブーツで、天然ゴムのアウトソールが雨の日の石畳でも安心感のある接地感を生みます。雨の日に履いていくとき「また今日はこれか」ではなく「今日はこれを使う日だ」という感覚——ちゃんとした靴を選んだときにしかこない感覚ですが、Novestaのチェルシーブーツはそこを狙ってくる。「その靴、どこの?」に対して「1939年スロバキアの工場が起源のブランドで、天然ゴムの職人が手仕上げで作ってる」という答えができる一足です。
まとめ:女王から始まったチェルシーブーツの、今の選び方
1851年に女王ビクトリアのために作られた側面の弾性ゴム——その発明から170年後、同じ設計の靴が英国ノーサンプトンの工場と、スロバキアの天然ゴム工場で作られています。Grenson(グッドイヤーウェルト世界初採用)/ Alfred Sargent(5代目家族経営の隠れた名品)/ Joseph Cheaney(1896年から同じ工場)/ Novesta(東欧の天然ゴム職人)——4足どれも「なんでチェルシーブーツをそのブランドで選んだの?」への答えが用意されています。
一足目を選ぶなら、GrensonのShoe 11からが一番入りやすいと思います。「世界で最初にグッドイヤーウェルト製法を採用した工場が作るチェルシーブーツ」という事実は、靴に詳しい人に話しても詳しくない人に話しても同じくらい刺さる背景だから。














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