出張の荷造りで、いちばん扱いに困るのが靴です。シャツは丸められる。上着は畳める。ところが靴だけは、どうやっても小さくなりません。一足入れると、それだけで鞄のなかに大きな空白ができます。
だから多くの人は「履いていく一足で全部こなす」ことになります。ではその一足を、何を基準に選ぶか。軽いもの、歩きやすいもの。もちろんそれは要ります。ただ、それは出張かどうかに関係なく良い靴の条件であって、出張の靴を分けるものではありません。
出張がふだんと決定的に違うのは、靴を脱ぐ回数です。まず、実際に数えてみます。
先に、出張で靴を脱ぐ回数を数えてみる
飛行機を使う一泊二日を想定します。往路の保安検査で1回。ホテルの部屋に入って1回。翌朝、部屋を出るときに履く。訪問先が座敷だったり、工場で履き替えたりすれば、そこでもう1回。そして復路の保安検査で1回。
脱ぐだけで、少なめに見ても5回前後。履く動作も同じ数だけあるので、合わせて10回ほどになります。ふだんの一日は、朝に履いて夜に脱ぐの2回。二日ぶんでも4回です。つまり出張は、二倍以上の脱ぎ履きが二日のあいだに集中します。
このうち、避けようがなくて、しかも回避する手のあるものが空港です。国土交通省は令和元年9月13日から検査を強化していて、その内容として「安全靴、厚底靴、ブーツ、くるぶしを覆う靴は全てX線検査を行います」と示しています。国際線に加えて国内線も対象です。ブーツやサイドゴア、足首まで来るスニーカーで行くと、検査のたびに脱ぐことになります。
見落とされがちなのが厚底です。最近のボリュームのあるスニーカーは、くるぶしが出ていても底の厚みで対象に入ることがあります。楽だと思って選んだ一足が、いちばん手間のかかる一足になる場合がある、ということです。
逆に言えば、この一覧にふつうのローカットの靴は入っていません。検査員の判断で求められることはありますし、金具の多い靴は反応することがあります。それでも、脱ぐ確率がはっきり下がる形というものは存在します。
機内にも足元の話があります。厚生労働省はエコノミークラス症候群の予防法として「ゆったりとした服装をし、ベルトをきつく締めない」「かかとの上げ下ろし運動をしたり、ふくらはぎをもんだりする」を挙げています。靴についての記述はありませんが、かかとの上げ下ろしを靴のまま座席でやるのは、けっこうやりにくい。足元も締め付けないほうがいい、と考えるのは自然だと思います。
ここから、脱ぎやすく、脱いだあとも困らないという軸で4つを選びます。
履いていく一足を決めたい人へ。脱ぐ確率と手間を両方下げる:ローカットのゴム底ビジネスシューズ
まず、履いていく一足です。ここが決まらないと荷物が決まりません。
ひとつめの条件はくるぶしが出ていること。さっきの検査の話がそのまま効きます。ふたつめは底がゴムであること。出張は駅の構内や地下道など、磨かれた床を歩く距離が長く、革底は雨に弱くて濡れた床で滑ります。三つめは濡れに強いこと。出張先の天気は選べません。撥水加工のあるもの、あるいは防水の膜が入ったものだと、雨の日の一日が変わります。
そして四つめが、この記事の軸そのものです。脱ぎ履きが速いこと。紐靴はここがいちばん弱い。かといってローファーは、脱ぎ履きこそ最速ですが紐靴より格が下がる扱いになるので、訪問先によっては選びにくい。
この板挟みに、ちょうどいい答えがあります。サイドエラスティックと呼ばれる作りです。側面にゴアという伸びる素材を入れた短靴で、見た目は紐靴に近いまま、足を入れるだけで履ける。くるぶしも出ているので、検査の一覧にも当てはまりません。「サイドゴア」と聞くとブーツを思い浮かべる人が多いのですが、ブーツではない、くるぶしの出たタイプがあります。出張の靴としては、ここがいちばん理にかなっていると思います。
ダブルモンクのような、ストラップで留める形も中間の答えになります。紐をほどく手間がなく、紐靴に近い顔つきを保てるからです。
もうひとつ、出張ならではの条件を足します。脱いだ姿を人に見られるということ。座敷に上がれば、脱いだ靴は玄関に揃えて置かれます。中敷きがへたっていないか、かかとの内側が擦り切れていないか。ふだんは誰も見ないところが、その日だけ見られます。同じ理由で、靴下の状態も人目に触れます。畳の部屋に素足やスリッパで上がるのはよくないとされているので、出張の日はそこも確認しておいてください。
最後にひとつ、強く言っておきたいことがあります。おろしたての靴で出張に行かないでください。一日の歩行距離がふだんより長く、しかも代わりの靴がない。靴擦れを起こしたら、残りの日程をずっと引きずります。出張に持ち出すのは、すでに足に馴染んでいる一足です。
脱ぎ履きが増える人へ。かかとの芯を守る:携帯用の靴べら
脱ぎ履きの回数が増えるということは、靴を痛める動作の回数も増えるということです。ここが出張でいちばん効く道具になります。
靴べらを使わずに足をねじ込むと何が起きるか。革靴メーカーの取り扱い説明では、履き口のかかと部分に圧力がかかり、甲革のかかとに入っている月型芯が変形するとされています。月型芯というのは、かかとの形を保っている硬い芯のこと。ここが潰れた靴は、かかとが留まらなくなります。
使い方にもコツがあって、これを知らない人が多い。同じメーカーの案内によれば、靴べらは履き口の内側のかかとに垂直に当て、中敷きには当てずに浮かせた状態にする。そのまま靴べらは動かさず、かかとを滑らせながら垂直に下ろします。紐靴なら、先に紐を緩めておくこと。
やってはいけないのが、斜めに当てて、てこの原理で足を押し込むことです。靴べらの破損や靴の変形につながる、と明記されています。急いでいるときほどやりがちな動作なので、ここだけ覚えておいてください。
脱ぐときの作法もあります。両足のかかとをこすり合わせて脱ぐのは、靴を傷めます。変形と、こすれた部分の色落ちにつながる。面倒でも手を使って脱ぐ、というのがメーカーの案内です。紐靴なら、脱ぐ前にも紐を緩める。ここを省くと、結局かかとに全部の負担がいきます。
キーホルダー型や折りたたみ型なら、鞄の中で場所を取りません。訪問先の玄関に靴べらが用意されているとは限らないので、持っていると立ち上がりが速くなります。
鞄に一足入れるなら。外を歩く靴ではなく:折りたためる携帯シューズ
ここで発想を変えます。鞄に入れる二足目を「外を歩くもう一足の靴」だと考えると、たいてい入りません。スニーカーは畳めないからです。
そこで、二足目は靴を脱いだあとの足元だと考えてみてください。
いちばん効くのがホテルの部屋です。ビジネスホテルに置いてあるスリッパは薄く、かかともない。夜に部屋のなかを動き回る時間は意外と長いので、ここが快適だと疲れの残り方が違います。機内でも同じで、靴を脱いだあとに足首から先を包むものがあると、冷えずに済みます。
選ぶなら、かかとまで包むシューズ型です。ぺたぺたした足音が出ず、脱げないので階下に降りるときにも使えます。底に滑り止めがあるものを。収納袋が付いていれば、鞄の隙間に押し込めます。
ひとつ注意を。これを履いて畳の部屋に上がらないでください。和室ではスリッパやルームシューズは敷居の手前で脱ぐものとされています。座敷に通されたときに要るのは、携帯シューズではなく清潔な靴下です。この道具は、あくまで自分の部屋と機内のためのものだと考えてください。
そしてもうひとつ、機内で靴を脱ぐときの落とし穴があります。長時間座っていると足はむくむので、着陸前に履こうとして入らなくなることがある。脱いだ靴は足元から遠ざけず、降りる少し前に履いておくほうが安全です。
靴を鞄に入れる人へ。衣類と分ける:シューズケース
靴を鞄に入れるなら、裸のまま入れないでください。当たり前のようですが、急いでいる帰りの荷造りでやってしまいがちです。
理由は2つあります。ひとつは衛生面で、外を歩いた靴底がシャツや下着に直接触れます。もうひとつが型崩れで、鞄の中で押し潰されると、靴は簡単に形を失います。
選ぶときは、通気性があるものを。ビニール製の完全に密閉されるものは、履いたあとの靴を入れると湿気の逃げ場がなくなります。半日の移動でも、閉じ込めた湿気はそのまま残ります。不織布や布のものを選んでください。
いちばんありがたいのが帰りの日です。雨に降られた靴、現場で汚れた靴を、そのまま鞄に放り込まずに済みます。行きは畳んだ携帯シューズを入れておき、帰りに本命の靴を入れる、という使い方もできます。
連泊で同じ靴を履き続ける、という問題
ここまで読んで、気づいた人がいるかもしれません。一足で全部こなすということは、その靴を連日履き続けるということです。
革靴は、一日履いたら休ませるのが基本だとされています。足は一日にコップ一杯ほどの汗をかくと言われ、その湿気が抜けるには時間がかかるからです。二足を交互に履くと寿命が延びる、と言われるのはこのためです。
ところが出張では、その前提が崩れます。ここは正直に、完全な解決策はありませんと書いておきます。そのうえで、できることが3つあります。
ひとつは、部屋に着いたらすぐ脱いで、開いた状態で置くこと。紐を緩め、取り外せる中敷きなら抜いて別に乾かします。置く場所は、風が動いていて、なおかつエアコンの風が直接当たらないところ。ホテルの空調は温風のこともあり、革に熱い風を当て続けると乾きすぎて硬くなります。濡れた日も同じで、暖房やドライヤーを当てるのは避けてください。
ふたつめは、小さな乾燥剤や消臭剤を一緒に持っていくこと。靴の中に入れておけるものなら、鞄の場所をほとんど取りません。連泊で効いてくるのはこの手のものです。
三つめは、出張に出す靴を決めておくことです。いちばん気に入っている一足を連戦で消耗させるより、この用途のための一足を持っておくほうが結果的に得をします。くるぶしが出ていて、底がゴムで、濡れても平気で、脱ぎ履きが速い。この記事で挙げてきた条件が、そのまま「出張用の一足」の条件になります。
まとめ:脱ぎ履きの回数から逆算する
揃えるものを整理します。履いていくのは、くるぶしの出たゴム底の革靴。できればサイドエラスティックのように、紐をほどかずに脱げるもの。鞄に入れるのは、携帯用の靴べらと、畳める携帯シューズ。そして靴を鞄に入れるためのシューズケース。
まず1つだけと言われたら、携帯用の靴べらです。いちばん小さく、いちばん安く、そして数えてみて分かったとおり、出張でいちばん増える動作に直接効きます。脱ぎ履きが10回に届く二日間へ、かかとを守る道具を持たずに行くのはもったいない。
荷物を減らすほうのコツも、ひとつだけ。靴の荷物が減らないのは「小さい靴がないから」ではありません。畳めるものだけが荷物にならない。靴の中で畳めるのは携帯シューズの類だけなので、二足目の枠はそこに使う。外を歩く靴は、履いていく一足に集約する。この線引きをすると、鞄の中身がすっきりします。
出張の疲れは、たいてい移動と足元から来ます。脱ぎやすい一足と、小さな道具が2つ3つ。それだけで、帰りの新幹線での楽さが変わります。














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