実家に帰ったとき、親が玄関で靴を履くのに手間取っていました。片足で立ったまま、壁に手をついてふらついている。あるいは自分自身が、何もないところでつま先を引っかけるようになった。
転倒は、年齢の問題として片づけられがちです。筋力が落ちたから、歳だから。もちろんそれはあります。ただ、足元の側にも、手をつけられる部分がいくつか残っています。
先に断っておきます。靴を替えれば転ばなくなる、という話ではありません。転倒の原因は体の状態や生活環境が絡み合っていて、履物はそのうちの一部です。とくに最近つまずくことが増えた、歩き方が変わったという場合は、体からの合図であることがあります。足の感覚が鈍っている、目が見えづらい、薬が効きすぎている。心当たりがあれば、靴を買う前に医療機関で相談してください。
先に、どこで転んでいるのかを見る
思い込みを一度外したいので、数字から入ります。東京消防庁が公表している救急搬送データです。
令和6年、日常生活の事故で救急搬送された高齢者は98,056人。うち「ころぶ」事故が73,500人で、直近5年間の動作別でもころぶが8割以上を占めます。そして5年間で搬送された高齢者のうち4割以上が、入院の必要がある中等症以上と診断されています。転ぶというのは、打ち身で済む話ではありません。
問題は場所です。令和6年の「ころぶ」73,500人のうち、住宅等の居住場所が42,180人で最多。次が道路・交通施設です。しかも住宅等のうち屋内が39,053人と9割以上を占め、その内訳は居室・寝室がもっとも多く、次いで玄関・勝手口、廊下という順でした。
つまり、いちばん転んでいるのは外ではなく家の中です。
正直に書いておくと、公的機関が転倒予防として呼びかけている中身は、履物の話ではありません。東京消防庁が挙げているのは、段差や階段や玄関への手すりと滑り止め、電源コードの置き場所、そして「敷居につまずかないように、体力を増強して、つま先を上げてすり足を改善しましょう」。消費者庁が転倒予防の日に合わせて出している呼びかけも、滑り止めマット、手すり、照明といった住環境が中心です。靴のメディアとして言えば、この分野の主役は住まいの整備と体のほうで、履物は脇役です。
そのうえで、脇役には脇役の持ち場があります。外を歩くとき。玄関で履き替えるとき。そして家の中にいるとき。この3か所を、4つの道具でふさぎます。
もうひとつ、つまずきの仕組みを押さえておきます。東京都の福祉情報サイト「福ナビ」に、靴選びの詳しい解説があります。書いているのは、東京都の補装具研究所などで30年以上、高齢者や障害のある人の靴の相談にあたってきた専門家です。そこにこうあります。歩幅が小さくなると小刻みな歩き方になり、小刻みに歩くとつま先がつまずきやすく、前方への転倒につながる。すり足に近づくほど、つま先が床をかすめる回数が増えるわけです。ここから、靴に求めるものが決まります。
買う前に、今ある靴の裏を見てください
道具の話に入る前に、お金のかからないことをひとつ。親の靴箱を開けて、よく履いている靴を裏返す。見るのは3か所です。
ひとつめ、かかとの外側が斜めに減っていないか。ここが減った靴は、接地のたびに足が外へ傾きます。左右で減り方が違うなら、なおさらです。
ふたつめ、つま先の先端が削れていないか。削れているのは、歩くときにつま先が床に当たっている証拠です。つまり、その人はすでにすり足気味だということ。買い替えの合図として、これ以上わかりやすいものはありません。
三つめ、中敷きがへたっていないか。かかとのあたりが沈んでいると、靴の中でかかとが定まりません。
外を歩く一足を選ぶ人へ。つま先を引っかけない:反り上がりのある軽い靴
外履きで見るところを、5つ挙げます。
ひとつめがつま先の反り上がり。トウスプリングと呼ばれる形で、靴の先が少し持ち上がっているものです。すり足気味に歩いても、先端が床に当たりにくくなります。
ふたつめが、その反り上がりとセットの話です。多くの人が逆に理解しているのですが、つま先の靴底には、滑り止めが効きすぎないほうがいい。福ナビの解説にも、つま先は反り返っていて、しかもつま先の靴底はすべり止めの素材になっていないほうが、つまずきにくいとあります。理由は単純で、つま先の摩擦が強いと、床をかすめた瞬間にそこで止まってしまうからです。じゅうたんの部屋では特に起きます。
では滑り止めはどこに要るのか。かかとです。同じ解説に、かかとの靴底は滑りにくい素材が望ましく、かかとが滑ると尻もちをつく、とあります。整理すると、摩擦はかかとに要る。つま先には要らない。この一行が、この記事でいちばん覚えて帰ってほしいところです。
三つめが靴底の幅。かかとや前の部分の底幅が狭いものは、どれだけサイズが合っていても、バランスを崩したときに足をねじって横に倒れやすいとされています。店で靴を持ち上げて、裏返して見てください。
四つめがかかとの芯と、甲の固定。かかとにしっかりした芯が入っていること、そして甲をベルトなどで留められること。甲を固定できないと、歩いているあいだに足が前方へずれていきます。前にずれた足は、つま先が靴の先に当たり、かかとが浮きます。面ファスナーの甲ベルトは、見た目で敬遠されがちですが、ここでは理にかなった作りです。
五つめが軽さ。足を持ち上げる高さそのものが確保しやすくなります。ただし軽さだけを追うと、かかとの芯も底の厚みもない靴になりがちなので、ここは最後の条件です。
玄関でふらつく人へ。片足立ちをなくす:長い靴べら
住宅内で転ぶ場所の2番目が、玄関・勝手口でした。理由を考えると、すぐ分かります。靴を履く動作は、片足立ちになる動作だからです。
かかとを踏んだまま無理やり足を入れて、そのまま前に体重をかける。壁に片手をついて、もう片方の足でバランスを取る。慣れた家の玄関ほど、この動作を何も考えずにやっています。
柄の長い靴べらが一本あると、かがまずに、上体を起こしたまま足が入ります。かかとを踏みつけて変形させることもありません。靴の履き方の基本は、かかとを靴のかかとにぴったり合わせて、それから甲を留めることだとされています。長い靴べらは、その基本をそのままやりやすくする道具です。
選ぶなら、立ったまま届く長さで、玄関に掛けておける形のもの。先が丸く幅の広いものが使いやすく、握りが細すぎると手に力が入りません。
あわせて、玄関に腰かけられるものを置くと、片足立ちそのものを避けられます。椅子でも低めの台でも構いません。靴の話からは外れますが、手すりの設置と並んで、公的機関がまず挙げているのはこちらです。
家の中で過ごす時間が長い人へ。室内こそ危ない:かかとのあるルームシューズ
ここが本丸です。転ぶ場所の最多は居室・寝室でした。それなのに、家の中の履物は「何でもいい」と思われがちです。
福ナビの解説では、室内こそ危険だらけだとはっきり書かれています。そして勧められているのが、脱ぎ履きしやすく、足にフィットし、足に合った中敷きが入れられるルームシューズです。
逆に、避けたいものもはっきりしています。つっかけやスリッパです。歩き方が不安定な人にとって、かかとの留まらない履物は危険なものになる、とされています。玄関先までのつっかけは便利なのですが、便利さと引き換えに、かかとが浮いた状態で歩くことになります。
だから室内履きも、外履きと同じ条件で選びます。かかとを包むこと。足に合っていること。この2つです。
そしてここに、この記事でいちばん大事な注意があります。脱ぎ履きを楽にするために、大きめのサイズを選ばないでください。足が入れづらいからと大きめにすると、歩くたびにかかとが浮いて危険になる、と明記されています。「脱ぎ履きの楽さ」と「足が留まること」は相反して見えますが、サイズを緩めることで解決してはいけない。解くのは留め具のほうです。面ファスナーの甲ベルトや、大きく開く作りのものを選べば、サイズを緩めずに脱ぎ履きが楽になります。
室内履きを嫌がる人へ。あくまで次善の策:滑り止め付きの靴下
現実の話をします。「家の中で靴なんて履きたくない」と言う人は多い。夜中にトイレへ立つときに、いちいち室内履きを探すのも面倒です。そういうときに、せめてここだけは、というのが靴下です。
先に立場をはっきりさせておきます。これはルームシューズの代わりではなく、妥協です。かかとを包む機能がないので、足が留まるという点では負けています。それでも、ふつうの靴下で歩くよりはましだ、という位置づけのものです。
選ぶときに、ひとつ考えてほしいことがあります。靴底の話ほど単純ではないのですが、つま先の全面にびっしり滑り止めが付いているものは、すり足気味の人には引っかかる材料が増える可能性があります。一方で、前に踏ん張るときにはつま先側のグリップも働きます。どちらを重く見るかは歩き方次第なので、断言はしません。ただ、すでにすり足が出ている人なら、靴下で粘るより、かかとのある室内履きに替えるほうが筋がいいと思います。
もうひとつ、丈の話。ゆるくてずり落ちてくる靴下は、それ自体が足の裏で寄れて滑ります。締め付けすぎない範囲で、ずり落ちないものを。そして、履くときも脱ぐときも立ったままやらないこと。靴下の履き替えも、片足立ちの動作です。
贈り物として考えている人へ。いちばんの難所はサイズです
親に靴を贈ろうとして、いちばん困るのがここです。本人がいないと合わせられない。そして合っていない靴は、贈らないほうがましな場合があります。
測り方から書きます。足長は、かかとからいちばん長い指の先までの長さ。紙の上に立ってもらって、かかとと指先に印をつければ測れます。足囲は、親指と小指の付け根のいちばん出ているところを、ぐるりと一周した長さ。メジャーがあれば家で測れます。どちらも立った状態で、両足とも。左右で違うのがふつうです。
日本の靴のサイズは、この足長と足囲で決まります。表示のサイズは、足長の実測に1から1.5センチほどのゆとりを足した数字が目安。0.5刻みの表示のなかで、いちばん近いものを選びます。何十年も前に覚えたサイズを言う人が多いので、ここは一度測り直す価値があります。
幅については、誤解が多いところです。広ければ楽、ではありません。狭すぎると足を痛めますが、広すぎると靴の中で足が横揺れして安定しません。幅広を贈れば喜ばれるだろう、と考えるのは危ういということです。
買うときは、足がむくみがちな夕方に。そして必ず両足に履いて、しばらく歩いて確かめること。片足だけ履いて立ってみる、では足りません。
結論を書きます。サイズが分からないなら、靴そのものは贈らないほうがいい。この記事で挙げたなかで、サイズがいらないのは長い靴べらです。靴下も調整が利きます。そして本命の靴は、帰省したときに一緒に買いに行くのがいちばん確実です。物を売る記事でこう書くのも妙ですが、合わない靴を履かせるより、そのほうがずっといい。
足の形にトラブルがあったり、歩き方に不安があったりする場合は、専門の売り場や、お住まいの地域包括支援センターに相談してください。福祉用具や住まいの改修も含めて、まとめて相談できる窓口です。薬の影響が疑われるときは、自己判断で減らさず、処方した医師か薬剤師に。
自分のために選ぶ人へ。いま替えるならどこか
ここまで親に贈る前提で書いてきましたが、読んでいる本人の足元も、そろそろ関係してきます。40代50代で、何もないところでつまずいた経験がある人は少なくないはずです。
いま替えるとしたら、いちばん安くて効くのは家の中を靴下だけで過ごすのをやめることです。介護用品を買う話ではありません。かかとのある室内履きに替える、それだけ。転んでいる場所の最多が家の中だという事実は、年齢に関係なく効きます。
外履きのほうは、親に勧める靴とは条件が少し変わります。面ファスナーの甲ベルトでなくても、紐でしっかり甲を締められるなら同じ働きをします。つまりデザインを妥協する必要がない。見るのは、かかとの芯があるか、底の幅が狭くないか、つま先が上を向いているか。この3点は、ふつうのスニーカーでも十分に選べます。
そして靴の裏を見る習慣。親の靴箱でやったことを、自分の靴でも。つま先の先端が削れはじめていたら、足の上がり方が変わってきた合図です。早く気づけるぶん、打てる手も多くなります。
まとめ:場所で分け、前後で逆にする
整理します。まず場所で分ける。外を歩くのは、つま先が反り上がっていて、かかとに芯があり、甲を留められる軽い靴。玄関には長い靴べら。家の中はかかとのあるルームシューズ。それも嫌なら、次善の策として滑り止め付きの靴下。
まず1つだけと言われたら、家の中の履物です。転んでいる場所がいちばん多いのがそこだから。外履きを立派にしても、一日の大半を過ごす場所が素足と靴下のままでは、対策としてちぐはぐになります。
そして靴を選ぶときは、前後で逆にする。摩擦はかかとに要る。つま先には要らない。かかとが滑れば後ろに尻もちをつき、つま先が引っかかれば前に倒れる。転び方が2種類あるので、対策も前後で逆になります。滑り止めという言葉を見たら、それがどこに付いているかを確かめてください。
最後にもう一度だけ。ここに書いたのは一般的な考え方で、足の状態は人によって違います。つまずきが急に増えたら、まず体のほうを確かめてください。靴で解けない原因のときに、靴を買って安心してしまうのが、いちばん困ります。
そのうえで、足元を整えておくことには意味があります。転ばずに済んだ日は、何も起きなかった日として過ぎていくので気づきません。それでいいのだと思います。














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