テニスをやらない人がテニスシューズを履いていい——という話は、もう誰も疑わない時代になりました。
でも「なぜこの靴がコートから生まれたか」を知ってから選んでいる人は、まだ少ない。1911年にイタリアのテキスタイルメーカーとして出発したブランドが、なぜビョルン・ボルグのウィンブルドン5連覇と結びついたのか。スキーウェアのブランドが、なぜテニスシューズを作り始めたのか。元プロテニス選手が自分の名前でブランドを作った話が、なぜ今でも語れる靴として残っているのか。
今回は「テニスコートから来た」という出発点を持つ4足を紹介します。「その靴どこの?」への答えが、コートではなくイタリアのスポーツカルチャーの話になる靴です。
ビョルン・ボルグがウィンブルドンで着ていたブランドの靴:Fila Disruptor 2
Fila(フィラ)は1911年にイタリアのビエッラ(ピエモンテ州)で創業したブランドです。創業者はジャンセヴェロ・フィラ——もとは地元の羊毛・テキスタイル産業を背景にした繊維会社として出発しました。1970年代にスポーツウェアに転換し、1976年にビョルン・ボルグとスポンサー契約を結んだことで、ブランドの歴史が大きく動きます。フィラのウェアを着たボルグは、ウィンブルドンを1976〜1980年の5年連続優勝——テレビの前の世界中の視聴者が「白いコートの選手が着ているイタリアのブランド」としてフィラを覚えた時期です。「フィラって1911年のイタリア・ビエッラ創業で、元々は繊維会社だったんだよ。ビョルン・ボルグがフィラのウェアを着てウィンブルドンを5連覇したのが、ブランドが世界に広まった転換点」——テニスを知っている人にはこれだけで通じる話です。
Disruptor 2は90年代テニスシューズのシルエットをベースにした厚底スニーカーで、白のバルキーなフォルムとFILAのロゴが特徴です。初めて履いたとき「思ったより軽い」という感触がある——見た目のボリューム感と重さが釣り合っていなくて、それが「ちゃんと街で歩ける」という確信に変わります。コーデに落とすと、ワイドシルエットのデニムに白Tを合わせただけで「ちゃんとテニスコアになってる」という感覚がある。主張しすぎない白は、どんな服にも収まる懐の広さがある。テニスコアを試してみたい人の最初の一足、白スニーカーに飽きて次を探している人に向いています。
スキーとテニスを同時に展開した最初のスポーツブランド:Ellesse Cyclone
Ellesse(エレッセ)は1959年にイタリア・ペルージャで創業したブランドです。創業者レオナルド・セルヴァディオはスキーヤーで、スキーウェアとテニスウェアを最初から並行して展開するというアプローチで出発しました。当時、スキーとテニスを同時に扱うスポーツブランドはほとんど存在しなかった。ブランドのロゴは左右非対称の形で、これはスキーヤーが斜面を切る瞬間の姿をシルエットにしたものです。ロゴを見るたびに「斜面を滑る人の形だ」とわかる——その話を知っている人が履いていると、ロゴの意味から会話が始まります。
Cycloneを初めて手に取ったとき「あれ、思ったよりシンプルだな」と思う人が多い。厚みのあるソールでもなく、過度に主張するデザインでもない——「コートで使っていたものをそのまま街に持ってきた」という感触のシルエットです。一日中履いていても足元に余計な意識が向かない。そういう「靴の存在感が消える」日が続く靴で、コーデに入れたときにスポーツ文脈の奥行きがさりげなく出るのは、ロゴの意味を知っている人だけわかる仕掛けです。テニスコアを押し付けがましくなく入れたい人、「ロゴの形に意味がある靴」を一足持ちたい人に向いています。
金属スキー板を発明し、オーバーサイズラケットを発明し、その後シューズを作った:Head Sprint Pro 3.5
Head(ヘッド)は1950年にハワード・ヘッドによって創業されたブランドです。ハワード・ヘッドはまず「金属製スキー板」を発明した人物です——それまでの木製スキー板に代わる金属板を製品化し、スキー業界を変えた。次に彼が手がけたのは「オーバーサイズのテニスラケット」——スウィートスポットを大きくするという発想で、テニス界にも革新をもたらしました。靴はそのずっと後にラインナップに加わりますが、「ハードウェア革新から来たブランド」という文脈がシューズにも受け継がれています。「ヘッドって最初に金属スキー板を作って、次にオーバーサイズのテニスラケットを作った人が創業したブランドなんだよ」——スポーツ用品のイノベーションの話として話せる靴はあまりない。
Sprint Pro 3.5はテニスコートでの横方向の動きに対応したミッドソール設計を持ちながら、スニーカーとして街履きにも使えるシルエットのモデルです。履いた瞬間に「横のサポートがしっかりしてる」という感触がある——これは街履きスニーカーにはない安定感で、一日歩いた後に「足の横がぶれていない」という感覚が残ります。テニスシューズとして設計された横方向の安定性が、長距離歩行にも効いてくる。スポーツエンジニアリングの文脈から靴を選びたい人、テニスシューズの機能性を街でも感じたい人に向いています。
プロテニス選手が自分の名前でブランドを作った。マッケンローが着ていた靴:Sergio Tacchini Court Pro
Sergio Tacchini(セルジオ・タッキーニ)は1966年に、プロテニス選手だったセルジオ・タッキーニ本人が立ち上げたブランドです。自分が現役のプロとして「コートで必要なウェアを作る」という動機から始まった——選手が自分のためのブランドを作るという文化の先駆けのひとつです。1970〜80年代のテニス黄金時代、イリエ・ナスターゼとジョン・マッケンローがコートでセルジオ・タッキーニを着ていた時期が、ブランドの最盛期でした。「セルジオ・タッキーニって現役のプロテニス選手が自分の名前でブランドを作って、マッケンローがコートで着てたんだよ」——テニスの話ができる相手に、この一文はよく刺さります。
Court Proはイタリア製テニスシューズの伝統を受け継いだクラシックなシルエットで、サイドラインとブランドロゴが1970年代のコートを想起させます。「どこかで見たことある、でもなんだっけ」という反応が返ってくる靴で——知っている人には「あー、タッキーニか」と来る、知らない人には「誰それ?」から話が始まる。その非対称な反応がこのブランドの強さです。革のような質感のアッパーは、テニスシューズとしての剛性感を残しながら街で浮かない仕上がりになっています。テニスの黄金時代のカルチャーを持ち歩きたい人、「選手が作ったブランド」という背景を靴に求める人に向いています。
まとめ:テニスコート発の4足は、スポーツとファッションが分かれる前の話を持っている
4足に共通しているのは、スポーツとファッションがまだ一体だった時代——1950〜70年代のイタリアとヨーロッパのコートカルチャーから生まれたという出発点です。テキスタイルからスポーツへ転換したブランド(Fila)、スキーとテニスを同時に走らせたブランド(Ellesse)、ハードウェア革新から来たブランド(Head)、選手自身がブランドを作った話(Sergio Tacchini)——それぞれの語れるポイントの切り口が全部違う。
個人的には、この4足の中でSergio Tacchiniを一番薦めたい。「知っている人には”あー、タッキーニか”と来る、知らない人には”誰それ?”から話が始まる」——その非対称な反応が起きる靴は、なかなかない。テニスコアに入りやすい一足から試したいなら、Fila Disruptor 2が最初の選択として正解で、ボルグ×ウィンブルドンという話の完結度がいちばん高い。「その靴どこの?」が起きたとき、どの話を持ち出したいかで4足の選び方が変わる——そういう使い方ができる記事でもあります。














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